No Learner Left Behind!
学ぶ力こそ生きる力
”学びの障害”克服で確かな学力向上基盤を

代田 恭之氏
(財)日本生涯学習総合研究所理事(前理事長)
大学通信/21世紀総合教育研究機構理事
代田 恭之

学力低下と授業理解の”7・5・3支障”


 「ゆとり教育」から「確かな学力の向上」へと軌道修正した今回の学習指導要領であるが、実は”誤解語”にも似たスローガンの美名とは裏腹に、教育の現状はきわめて深刻化しつつある。例えば、授業時間数や教育内容の削減がその一つであるが、特にこの点については、学力低下と学力崩壊を招くとして、かつてない社会問題にまで発展している点を看過することはできない。 

 現行の指導要領には、確かに、「基礎・基本を確実に身に付け、それを基に、自分で課題を見付け、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する能力」養成などと、学力に関する基本的ねらいが異常なまでに事細かに盛られている。そしてそれは一見、生きる力や学力重視路線への方向転換とも読み取れる。しかし、現在の危機的な教育実態を知る者として、具体策なき潤色された美辞麗句の羅列には、一種の空虚感さえ覚えざるを得ないのである。

 側聞するところによれば、高中小の学校別授業の非理解度は”7・5・3現象”、つまり高校で7割、中学校で5割、小学校で3割もの児童・生徒が日常の授業を完全に理解できず、学びになんらかの支障を経験しているといった、憂慮すべき調査結果が出たようである。その主たる要因には、おそらく予習や復習欠落の授業、集中できない授業内容、魅力なき授業構成、リメディアル(補習)支援授業軽視等もあげられるのではなかろうか。
 若い彼らの学びへの障害の痛みを緩和し、除去すべき本来の教育技術をいったい誰が、いつから、どこへ、どのような理由で放置しているのであろうか。

 加えて、最近増加の一途をたどる資格取得希望者や生涯学習に取り組む学習者の多くから、彼らの学校時代の学びのつまずき、学びへの障害、学びからの逃避等を耳にするとき、特に義務教育期における学習指導に対する抜本的改革の必然性が強く感じられる。

 これらの現状を直視するとき、私はこの機に、学びの柔軟期である初等中等教育における重大欠陥を指摘せざるを得ない。具体的には、ここ数十年顕著になった教育現場における学びの障害や勉強障害等に関する指導法・指導技術の欠落あるいは脆弱性である。ドラスティックな社会的経済的変化の中、規格化・同時化・硬直化した教育により20世紀型”学校教育特急号”は脱線した、とする揶揄さえ聞こえてくる昨今である。

 知識社会・情報社会・生涯学習社会の新世紀に突入した今、地球市民一人ひとりの学びの力こそが生きる力となっていくことは自明の理である。そのためにも、学びへの障害を極力除く学習のインフラ整備が急務である。学習権が「人間の生存にとって不可欠な手段」とされ、また学習権なくして「人間的発達はあり得ない」とする見地からしても、もはや学校教育における学びの障害や勉強障害への無為無策は許されないであろう。


学びの障害”解決技術”の授業展開を


 このような教育の危機的状況の中、私はかねがね、今は亡き教育技術研究者L.ロン=ハバード氏が開発した「学びのための障害を解決する技術」に対し、この上もない関心を抱き続けてきた一人である。そしてこのたび、その技術論に則った『学び方がわかる本』ならびに『基礎からわかる勉強の技術』が、その機を見るように我が国でも新たに刊行されたところである。

 ちなみに、最近話題の「ザ・ラスト・サムライ」でも脚光を浴びているあのハリウッドの名優トム・クルーズ氏も、自らの年少期に失読症という学習障害に苦しんだようだが、その彼を救ったのがロン=ハバード氏の勉強の障害を解決する技術書であったようだ。去る8月28日、来日したトム=クルーズ氏が首相官邸を訪問した折、”これが私の人生を変えた一冊の日本語版”と説明し小泉首相に贈呈したのが、ほかでもない『学び方がわかる本』であった。

 では、そのロン ハバード理論による「学びの障害」や「勉強の障害」のコンセプトや解決のテクノロジーとはいった何であろうか。その代表的著作『学び方がわかる本』『基礎からわかる勉強の技術』等から引用・整理すると、概略次のように要約されよう。

 「人の勉強する能力を拒み、その結果、教育を受ける能力をも拒む可能性のある、はっきりとした障害は3つある。そしてこれらの障害は、実際、生理的および精神的な反応を引き起こす。」

 「これらの障害が何であるのか、そしてその対応の仕方を知って理解すれば、その人の、勉強し学ぶ能力はかなり向上するであろう。」

 次に、その核心となる学習や勉強の3つの障害(バリアー)とは具体的に何を指しているのか。

 「第1はマス(質量)の欠落、第2は段階の飛び越し、第3は最も重要な障害となる誤解語の存在」と、彼は段階(ステップ)やレベルを踏んで明確に定義している。

 ここで参考までに、マスならびに誤解語について私なりに若干補足をすると、前者のマスとは例えば見てわかり、触れてわかる実体、後者の誤解語とは正しく理解されていない単語、または間違った意味で理解されている単語などである。この理論ではまた、第3の障害において「誤解された定義、理解されていない定義、または定義されていない単語によって、人はある科目を勉強することを断念し、コースやクラスからブロー(去って行く)することさえある」と指摘している。つまり、誤解語が存在する限り、適用性行動性は存在し得ないのである。このようにロン=ハバード論は終始、きわめて平易にしかも明快な論理により、学びの障害に関するその原因・対処法・処方箋等を教示している。

 なお、このセオリーによる実践成果については、世界的にも高い評価の事例が数多く報告されているが、冒頭に紹介したような危惧すべき授業の理解障害・学びの障害の現実も、その指導法いかんによっては、確実に好転することが期待できる。

 学習意欲と学力向上を目指す教育再生・教育新生が喫緊の課題となっている今、このロン=ハバードの教育技術論こそまさに、教育関係者・保護者・学習者への警鐘であり、その著作は必読の書となるのではなかろうか。

 願わくは近い将来、全国各地の小中学校の教室に、この新たな指導法と”学びへの道具”となる「学び方のわかる授業」がより多く、積極的に導入・展開されることを切に望みたい。そしてもう1点、今後教育の現場から一切、”頭が悪い”といった絶望的なレッテル語を永久に追放したいものである。

 それでは最後に、次のような言葉で締めくくりたい。

 学ぶ力は生きる力、生きる力は学ぶ力

 学ぶ力と生きる力−それは糾(あざな)える縄のごとし。



◆なお、学習の障害や勉強の障害の解決技術について興味のある方は
『学び方がわかる本』(ジュニア向け)、
『基礎からわかる勉強の技術』(シニア向け)を参考にしていただきたい。
<ニューエラパブリケーションズ株ュ行>




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