子供の時から長年続いていた不安、しんどさが完全に消えてなくなった


仕事を終えた帰り道。夕暮れのほとんど沈んでいる太陽からわずかな光が徐々に消えていく時間。

今日もいつもと変わらない一日だった。

このままで大丈夫か?

もっとがんばらないといけないのか?

子供の頃から気がつくとこんな感覚にとらわれていた。

別に差し迫った問題があるわけではないが、漠然とした不安が常に自分の周りに覆い被さっていた。

帰る途中のコンビニでワンカップ酒とおつまみを買う。

これで大丈夫だととりあえず不安がおさまる。

うちに帰って飲んで酔っ払ってネットの動画でも見ていれば、あまり深く考えずに済む。

それで軽く酔ったまま寝て、朝起きてまた仕事に向かう。

その繰り返し。

もっとがんばらないと。このままで大丈夫か?

という不安が少しずつ大きくなっていくが、何かやりたいことがあるわけでもなく、仕事を辞める理由もなく、かといって続ける理由もあまりない。

この消えない漠然とした不安をどうしたらいいのかという疑問だけが残ったままだった。

そんな中、ダイアネティックスのオーディティングを受ける機会があった。

オーディティングを行うオーディターの指示で、

「このままで大丈夫か。このままで大丈夫か。このままで大丈夫か。」

と繰り返したら突然右腕が痛みだした。

痛くて苦しい。さらにひりひりする。

そしてある出来事がよみがえってきた。

昔子供の頃のある夕方、親戚が集まってバーベキューをしていた。

私はそこでつまずいて転んだ。

そしてコンロにぶつかってやけどした。

その時の情景の映像を繰り返し繰り返し話す。

そこでだんだんわかってきたこと。

「このままで大丈夫か?」

心配している父が声をかけてきている。

「がんばれ!がんばらないとだめ!」

と母が私をはげましている。

叔父がワンカップ酒を片手に持って、やけどにかけて、

「これで大丈夫。」

とか言っている。
お酒でアルコール消毒のつもりだったらしい。

ひりひりする強烈な痛みが続いたが、出来事をはじめから終わりまで通して繰り返すうちに痛みが消えた。

そして彼らからそのときにかけられた言葉から自分がずっと影響を受けていたことに気がつき、そのあまりのばかばかしさに笑いがとまらなくなった。

それでオーディティングは終わりになった。

その後、仕事の帰り道、いつものように夕陽の光がゆっくりと消えつつあるのをただ見ていた。

でも、以前はあったつらさ、不安、しんどさがない。

不安に対してがんばって乗り越えようとか、努力して注意を向けないようにする必要もなく、ただ単にその不安がない。

以前はもやもやした不安感の中にいて、それを通して周りを見ていた。

今は目の前の景色をただ見ている。そしてその景色の美しさを感じることができる。

景色自体が変わったわけではなく自分が変わってそのせいで、周りをただそのまま見られるようになっている。

ワンカップ酒を飲みたいという欲求もなくなった。

おじさんっぽいあの酒が自分は好きなんだと思い込んでいたが、ワンカップ酒が好きだったのは親戚のおじさんで、自分ではなかった。

酔ってないので夜、頭が働く。

ネットで何か売ってみようかとか考え始めた。

会社で、なぜか突然部下ができて、ある仕事を全面的に任されることになった。

無理に力を入れることなく自然に前向きになっている自分が不思議だ。

※上記のストーリーはオーディティングを受けられたある方の話を元に再構成したものです。

書籍 ダイアネティックスはこちら


旅の終わりの落下物


あくびをしていたら、隣のごつい黒人男性が、疲れるよな。それが旅ってもんよ。とか話しかけてきた。

帰りのアメリカ国内便。満席の小さめのジェット機。私のシートは一番後ろから3列目の通路側。地方の空港からワシントンDCに向かう。そこで乗り換えて東京に帰る。

今朝5時起きで4時間しか寝てなくて、眠いんだけど機内はうるさくて寝られない。

ダブルブッキングで、別の飛行機を飛ばすために移動する乗務員を乗せるために、一人の乗客を警官が大けがをさせながら無理矢理引きずり出したことが、最近ニュースになっていた。そんなニュースが広く流れている状況で、まともな社員だったらもうそれ以上会社の評判を落とさないように気をつけて慎重に業務を遂行するだろう。だからまさか二回目はないだろうし、大丈夫だろうと思って自分を納得させて飛行機に乗り込んだ。ところがだ。

その乗客引きずり降ろし事件も、事後対応も含めたくさんのミスが重なった結果起きたこと。

予約がとられていてもある決まった割合の客が現れないことは確率的な事実。なので、損失を最小限に抑え、飛行機を満席にするために実際の座席分より多めに予約をとるのが通常の運用。それでもし座席分より多い人数がチェックインしていたなら、搭乗前の段階で、いくらかのマイルだったり金額で後の便に回ってもらうアナウンスが空港で流れる。もし集まらなかった場合金額が上がっていく。場合によってチケット代以上の額が入ってくるので、旅慣れている人はそのアナウンスを聞いたら受付カウンターにダッシュする。

ただし、その事件の際は、既に搭乗済みの段階で、ダブルブッキングが発覚。さらに、降機してくれる乗客を募集する際に、金額をつり上げていく運用を怠った。本来の運用が行われていれば、このような事態は起こらなかったはず。

さらに、事後対応もひどかった。乗客に非があったという釈明があり、その後大炎上した後になってからの謝罪。

いろいろと対応がひどすぎた。

そんなことがあり、今回私が飛行機に乗り込む際にまあもう大丈夫だろうと自分を納得させる作業が必要になった。

2時間の飛行の後、ワシントンDCの空港に到着。着陸時の地面からの衝撃とスピードを落としたための後方からの急激に力が加わる。

それと同時にドカドカドカっと何かが後ろから飛んできた。
なんだ?非常事態かと周りを見回すと、1リットルのミネラルウォーターのペットボトルが、十数本転がっている。

幸い誰かにぶつかってけがしたりとかいうことはなさそうだった。そばに落ちていたペットボトルを拾い、スチュワードに渡そうとしたら、どうぞ!欲しい方には差し上げます!
すかさず隣の黒人男性は手を上げて、くれ!!
ペットボトルを受け取って、あっはっはと笑いながら私に肘をつんつん当ててきた。

私もつられて笑ってしまった。

もちろん、航空会社は、やらかしてしまったことに対処する必要はあるし、今後の改善策をたてて実行し、信頼を回復させていく努力は必要だろう。しゃれにならない状況の人もいることは分かっている。

でも、旅人としては、笑ってすませられることだったら、それですませてしまった方が楽しい。

あの黒人男性の態度は好きだ。

しょうがねえなあ。あっはっは。


これからは精神性の時代だ


ほとんどの宗教は平和と平穏な生活、個々人の精神的な向上を目指している。
では、それをどのように実現するか。明確な結果のでる技術、ノウハウが必要である。
祈って何かが解決するなら祈ればいい。でもそれは目的を達成するための確実な手段ではない。

部屋の明かりをつけたいなら、スイッチを入れる。
バイクのスピードを上げたいならアクセルを回す。
祈る必要はない。ただやる。
で明かりがつく。スピードが上がる。意図した結果が生まれる。

昔、仕事でビルの窓拭きをしていた。その話をすると、怖くないのか、危なくないのかと聞かれる。

事故を起こさないために、ブランコをぶら下げる本ロープの他に本ロープとは違う場所に結びつけた補助ロープを下ろし、そこに安全帯をつなげる。

そうすれば、もし万が一、一本のロープが切れたりほどけたとしても、
もう一本のロープに体が繋がっているので落っこちて全身打撲で病院送りになったり、頭から血を流して脳みそが露出するような事態は防げる。

仕事中は道具と窓の表面に注意を置いて、窓ガラスの汚れが落ちているか、汚れやふき跡が残っていないかどうかを見ておく必要がある。

落っこちる恐怖を感じつつ無事を祈りながら、大量の窓ガラスを綺麗にする作業などできない。
もっと言えば、その仕事の目的は、大量の窓ガラスの汚れを落として過ごしやすい環境を維持することである。
事故を起こさないことは、目的ではなく、目的を達成するための前提条件でしかない。
事故を起こしたなら、それは運が悪いせいではなく、信仰が足りないせいでも神様やら誰やらのせいでもなく、自分が対策を怠ったせいだ。

だから自分がやるべきことを正しく行っていたら怖くないし、危なくもない。祈る必要はない。

新聞の見出し、テレビで、ダラスで白人の警官が黒人に射殺されたというニュースが流れていた。

白人と黒人の間に人種間の対立があるという解説。

分断されるアメリカ。

もっともらしく聞こえるが起きていることをただなぞってるだけのかっこいい言葉。

事態はもっと悪くなっていくだろう。
これからさらに起きてしまう暗い未来を予測する記事。
起きてしまっていることをはたから眺めて、あれこれ言うだけで何もしなかったら事態は確かに悪化していく。
悪いことは起き続けるだろう。良くないことが起きる未来を想像したなら、それはそうなっていくだろう。
想像した未来が現実になる。

でも、そんな未来を見たいのか?

その未来を選ばなくてはいけない理由はない。

まず、不要な対立がなく人々が協力して仕事したり生活したりしている明るい未来を想像することはできる。
そして、その想像した明るい未来に向けて何をしたらそこに近づいていけるのか?平和な環境を作るためにできる確実な方法があるはずだ。

ロサンゼルス南部地域でギャングのリーダーたちが集い平和を宣言した話をイタリア人から聞いた。

フロリダ滞在中ホテル1階のカフェで、昔東京で一緒に仕事してたイタリア人の家族を見かけた。

座んなさい。いっしょに食べよう。

目の前で繰り広げられる動きが多いイタリア語の会話。
楽しそうですげえ盛り上がってるのはわかるのだが、なにを言ってるのか全然わからんと思ってたら日本語で話してくれた。

80年代、科学者がロサンゼルスの未来予測をした。
これから世紀末に向けて、犯罪発生率が上がり続ける。
ロスの未来は暗い犯罪都市。

でも、実際には21世紀に入ってからの大勢の努力によって穏やかで平穏な環境が作り出されてきた。
21世紀に入って15年間ずっとロスの犯罪発生率は下がり続けている。
以前とは比べものにならないくらい安全に過ごせる都市になってきている。

でも、治安の悪い地域がまだある。

ロスの南部、数多くのギャングのグループが存在し対立しあっていた。
街を一人で歩いているとあっという間に襲われる。撃たれる。誰であろうと近づくと命の危険があると言われる一帯。

最近この状態を変えようとした人がいた。

有名ラッパーThe Gameとネーションオブイスラムの牧師Tony Muhammadが
ラジオ、インスタグラム、大量のチラシで南部地域のギャングのリーダーたちに呼びかけた。

「俺たちはお互いに話す必要がある。地域の若者達に対しての影響、どうやってお手本を示すことができるか?」

南部地域のギャングのリーダー達がサイエントロジー教会コミュニティセンターに集まった。

さらにロサンゼルス市長と警察署長、様々な宗教コミュニティのリーダーが集まった。
総勢2500人が集まった。
ネーションオブイスラムの牧師Tony Muhammadが呼びかけた
「平和と協調を求めるならば拳を上げてくれ」
そこにいる全員が拳を上げて応えた。

平和で安全な環境を作るための具体的な地域での活動。
Losの南部も、通りを歩くのに祈る必要はなくなる。


お肌しっとり戦争の後始末


アメリカ国防省が戦争後遺症の退役軍人に対して、ベトナム政府が枯葉剤にさらされた元軍人に対してピュアリフィケーション・ランダウンの試験プログラムを実施

 

一息ついてコーヒーを飲んでいたら、通りかかった友人の女性。
向かいの席に座って話しかけてきた。
ん?前と何かが違う。距離が近い。抑えるものがない。余計な遠慮がない。

改めてよく見てみると、外見もなんか違う感じ。

お肌がしっとりすべすべ。

前からそんなだったっけ?
いったい何があったんだ?

「あそうそう、この前ピュアリフ終わったの。」

それで納得した。

ピュアリフとは、ピュアリフィケーションランダウンの略でアメリカ人L.ロン・ハバードによって開発されたデトックスプログラム。生活する中で体内に蓄積していく薬物、化学物質、放射性物質を運動、サウナでの発汗と各種のビタミン、ミネラルの栄養素の組み合わせで取り除いていく。

規定の時間続けていく間に、様々な反応が出て続けるうちに消えていく。

彼女のピュアリフはどうだったのか聞いてみた。

昔病気で、鎮痛剤を使っていた。それが今でも残っていて、悪影響が残っている気がしていて、解決したいことの一つだった。あと311以降、何かしら放射能の影響を受けていることは感じていた。

なにか言われると、カチンと来てつい言いすぎてしまう。人の細かいことが気になって、いちいち腹を立てていた。それで同僚にきついこわいと言われてしまう。人に対して怒りっぽくなりがちなのは自分でもよく分かっていて嫌だった。

摂取した薬物や有毒物質は体内に取り込まれ、細胞組織に入り込む。それはそのままそこに留まり排出されない。そのとどまっている物質が何かの拍子に刺激され、何年もしてから影響を及ぼすことがある。その薬をとった時の痛み、苦しみといった感覚が突然よみがえる。

薬物、化学物質、毒物がどのように身体に残って影響を及ぼすのか、詳細については、ピュアリフについて解説した書籍「クリアーな身体、クリアーな心」で説明されている。

ピュアリフ期間中は、毎日規定の時間サウナに入り続ける。

ある日、彼女の全身の肌が赤くなった。以前の日焼けがよみがえった。腕時計の跡がくっきり出てきた。そしてしばらくしたら消えていった。

高熱がでて、風邪っぽい感じが続いた。これはピュアリフのせいじゃなくて、実際に風邪をひいているのではないかとも思ったが、とにかく、サウナに毎日入り続けるようにと指示があった。なので続けるとその状態が消えていった。

その後、身体的にも気持ち的にもどんどん軽くなっていって終わった。

その後、同僚と話していて、自分は特にいつも通りにしていたつもりなんだけど、ずいぶんあたりが柔らかくなったねと言われた。

そのきついと言われてしまう性格は、本来の彼女の性格ではなかった。
それは、どうやら身体に蓄積していた薬物、化学物質、太陽光線を含む放射線の影響などなどからきていたものだったらしい。

 

アメリカ国防総省が退役軍人にピュアリフ試験プログラムを実施する。

様々な化学物質にさらされる戦争の現場。敵も味方も。

イラク帰還兵、戦争から帰ってきた後も、敵に襲撃されるのではと毎日毎時間うなされる。夜、突然、寝ている妻の首を絞める。首を絞めた本人はその記憶がない。本人だけではなく周りの家族も苦しむ。散々悩んだ結果自殺してしまう。

原因不明の頭痛、だるさ、咳、睡眠障害。様々な肉体的、数々の心理的な問題。

このようになってしまった原因、理由を考えることはいくらでもできるだろう。

でも、その状況を解決するために実際どうしたらいいのか?なにができるのか?

というわけでアメリカ国防総省は、退役軍人にピュアリフ試験プログラムを実施する。

ベトナム戦争、ジャングルに潜むゲリラ兵に苦しめられたアメリカ軍。ジャングル自体を消滅させてしまえと、大量に散布した枯葉剤。木々の葉は数時間のうちに変色していく。作物は汚染され畑はもう使うことができない。さらには枯葉剤にさらされた人に影響が出る。長年にわたる後遺症。

枯れ葉剤に含まれる猛毒のダイオキシンは、細胞内の脂肪組織に入り込んでそのままとどまり続ける。遺伝子に損傷を与えるため、枯葉剤にさらされた当事者だけではなく、その子供に奇形児が生まれる。被害は世代を超えて続いていく。止める術がない。

この状況をどうしたらいいのか?

そこでベトナムでピュアリフ試験プログラムが元軍人に対して行われた。

プログラム進行中の被験者の血液をドイツの検査会社に送り、化学物質の残留状況の変化について調査を行っていた。

ある時、違う人の血液が送られてきているようだから、再度血液を送るようにとの連絡があった。

なぜか?

血液の中からダイオキシンが検出されなかった。そんなことは起こるはずがない。科学の常識では、一度体内に入り込んだダイオキシンが消えることはありえない。

再度確認の上、送られた血液を検査するが、やはりダイオキシンは存在しなかった。これはおかしい。何かの間違いのはずだ。

というわけで、別のロシアの検査会社に調査を依頼。そこでも結局、ダイオキシンが検出されることはなかった。

ピュアリフが終了した人の血液から毒物が検出されない。という調査結果。消えているという事実が判明した。

そうして、枯葉剤の影響を体内から取り除けることが明らかになり、ベトナム政府のもとでこのプログラムが引き続き行われることになった。

かつて扱っていた化学物質が汗と匂いと共に身体から流れ出す。その後、衰えていた視覚、集中力が取り戻された。それで人生を取り戻したという、たくさんのたくさんの事例がある。

湾岸戦争から帰還した退役軍人、何かはわからないが、何かの毒物にさらされそこからの悪影響を感じていた。プログラムを実施し、毒物を体から洗い流し、知覚力が向上、以前よりずっと元気で創造的になったとの本人からの報告。

911のあと粉塵にさらされ、その後長期にわたって呼吸困難、疲労と頭痛、に悩まされていた男性。ピュアリフ中に、10日間にわたって紫色の汗が出続ける。その後ピンク色の何かが体から出てくる。プログラムを終えて周りがとても明るく見えるようになり、身体も10倍元気になる。

その不合理な思考と感情、痛み苦しみ、愚かさ、集中力のなさ、忘れっぽさは本来の姿なのではなく、体内に入り込み蓄積している各種の薬物、化学物質、毒物から来ているのかもしれない。それを取り除く方法がある。

日本では、人の精神性を向上させるという目的で、新宿のサイエントロジー東京内にピュアリフ施設が作られ提供されている。

現代の人間の身体と心に対する薬物、化学物質、放射能の影響について、
そしてそれを取り除くピュアリフィケーション・ランダウンについて書かれた本。クリアーな身体、クリアーな心

 

クリアーな身体クリアーな心 CLEAR BODY CLEAR MIND 効果的なピュアリフィケーション・プログラム


900もの自分の犯罪行為を書き出した彼は警察に向かった


アンドリュー・ガソン Andrew Gason 非営利団体New Civilization Builders 創設者。ニュージーランド南オークランド出身。

ニュージーランドとオーストラリアで様々なコミュニティと協力し、16年間ボランティアで直接若者を支援し続けている。若者が仕事を探したり社会福祉に頼るのではなく、自分で仕事を作り出すことで収入を得て生活していけるようにするための教育を行っている。資産、資格、売り物、最初はなにもなくても、1ドルしか持ってなくても問題ない。そこから、仕事を作り出して収入を得られるようにする。

彼はなぜこの活動を始めたのか?

15歳のある日、学校から帰ってテレビを見ていたら、父親がスイッチを消し、話があると言ってきた。今日の学校でのことを叱られるのかと思ったら、それどころじゃなかった。

両親が離婚。母親が自分と父を捨てて出て行った。さらに、両親は実の親ではなく、自分は養子だったと知らされる。

落ち込んだ。自分は誰なんだ。なんなんだ。とふさぎこんだ。

そして悪い友人と付き合うようになった。友人からお前にはドラッグが必要だと言われ、使い始める。悪さを教わった。友人に誘われ車からカーステレオを盗んだ。父親が寝た後、うちを抜け出し仲間と合流し、家に盗みに入った。そして夜が明ける前に、うちに戻り、寝て、学校に行く。

毎日続けた。週に7から10軒の家に盗みに入った。家、お店、工場とどんどんエスカレートしていき、最後には国を超えて武器を密輸していた。バーで酒を飲んでいた時に、逮捕され刑務所へ収監される。すべて20歳になる前のこと。

数年後、釈放され、新たな人生を始めるために、どうやって生きていけばいいか知るために様々なコミュニティで学んだ。イスラム教、キリスト教、カソリック、仏教、サイエントロジー、などなど。

サイエントロジー教会で、個人の価値と高潔さのコース(※注1)を行った。このコースは、善と悪、正しさと間違いの正確な定義。高潔さを取り戻し、前向きで充実した人生を始めるための方法。自分だけではなく他の人もそうなるのを助けるやり方について学ぶ。

コースの中で、自分の犯した罪を書き出すステップがある。その目的は、自分を自分が犯した罪の重荷から解放すること。それで900もの犯罪、悪事を書き出した。その紙は数センチもの束になった。たくさんの犯罪行為が明るみになった。

警察署に行き、その紙の束とともに自白した。有罪になるかもしれない。また刑務所に行くことになるかもしれないと言われた。

「個人の価値と高潔さ」のコースで、彼は自分が社会に対して与えた損害に対して償うのが正しい行いだと学んだ。それで、ボランティア活動をはじめる。若者たちと地域のコミュニティを助けた。12ヶ月のボランティア活動の後、ニュージーランド警察から、彼の償いにより以前のすべての犯罪行為が赦免されたという公式の文書が発行された。

彼は人生をやり直すチャンスを与えられた。

それから彼は、数えきれないほどのコミュニティとともに働き、何百人もの若者を直接支援した。ドラッグの危険性を伝え、犯罪から手を引かせ、読み書きできるようにし、人権について教育。

彼は自分の知識と経験を伝えることで、若者たちの人生を改善し続けている。

注1.「個人の価値と高潔さ」コース


コロンビアの奇跡。ある1冊の本に出会った男がコロンビアの犯罪発生率を60%下げ、ゲリラから45000人が開放され治安が大きく改善する道筋を作った。


元コロンビア警察大佐の男性の話。

コロンビア。暴力と犯罪がはびこる国だった。

ATMからお金をおろした老婆。ずっと付け狙われていた。1万ペソ(500円)奪われ殺される。たったそれだけのために、命を奪われる。

サッカーの試合。グラウンドの周りには、銃を持った大勢の警備員。審判の判定、試合結果、なにかしらの不満から暴動が起こる。けが人、死者がでる。サッカーの試合に行くのも命がけ。

ゲリラとの戦い。まず最前線で子供が銃を持って攻めてくる。次に第二線に女性がいて、彼女たちが突撃しろ、撃て、と子供たちに対して指示を出している。

子供とは、まともに戦えない。戦いたくない。ゲリラは敵の戦意を下げるために、子供を兵士にしている。

子供たちはどのように兵士になっていったのか?

二通りある。

一つは、無理やり強制的に兵士にする。ゲリラが町を襲う。そこの子供たちを連れて行く。反抗的な態度をとったり逃げ出そうとしたら殺す。そうして抜けられなくする。

もう一つは、ゲリラは正義の戦いをしているとだまして、入りたい気にさせ連れて行く。そして残虐行為を見せる。友人を殺させる。そして抜けたらお前がやられる番だとおどす。
少女に対しては、レイプする。性的虐待を行う。

ある若く美しい13歳の女の子。彼女はどのようにゲリラになったのか。
母親が再婚して新しい父親と暮らすことになった。彼女はその新しい父親からレイプされる。何度も。母親に助けを求めるが、信じてくれなかった。お前は嘘をついていると信じてもらえない。

父親から逃げるために、家出した彼女は、反政府軍のメンバーと出会う。あなたを助けよう。ゲリラに加われば、父親に対して復讐ができると言われる。そしてアジトに連れて行かれ、ゲリラのトップに会う。

そこから性的虐待がはじまる。彼女はまずはトップに犯され、そして兵士たちに犯される。2年間ずっとレイプされ続けた。そして妊娠する。

ゲリラではメンバーが妊娠したら殺す。それがルールだった。トップは彼女を中絶させようとして、手術をうけることになった。病院に行かされ、手術を受ける直前に彼女は逃げた。

そして警察に行き、全てを話して死んだ。

それを聞いて、私は子供を守る仕事をしなければならない。と思った。
子供たちをゲリラにしてはいけない。すでにゲリラ兵になっている子供たちを助けなくてはいけない。
こんなのは間違っている。おかしい。子供は銃ではなくおもちゃを持っているべきだ。
この状況を変えたい。なんとかしたい。

でも、どうやったら子供たちを救えるのか?

上司にどうしたらいいのかと聞いたら、犯罪者を逮捕し続けろと言われた。
それで状況が変えられるとは思えなかった。まったく希望がもてなかった。

そんな状況で打ちひしがれていたある晩、ゴミの袋に引き寄せられ、なぜか手にくっついてきた本。

読んた。

これが人々と国を助けられる本だ。
これを配ろう。この国の人達に、ゲリラにも犯罪者にもこれを読んでもらおう。と決めた。

それはアメリカの作家、哲学者であるL.ロン・ハバード氏による「The Way to Happiness しあわせへの道」だった。

「しわあせへの道」は私に、国にしあわせと笑顔を取り戻す可能性を与えてくれた。

犯罪者が好き放題になんでもできる状況だったある町。警察は彼らに対して何も手出しができない。市民は警察に話をすることを恐れていた。犯罪者に見つかり殺されてしまうから。

そこで「しあわせへの道」を配り始めた。ある市民が誰がこの町の犯罪組織のトップなのか話してくれた。それでトップを逮捕することができた。

首謀者は16歳の男の子だった。
彼と話した。
母は掃除婦。妹は生まれた時から脳障害を患っていた。
父は育児放棄して逃げた。
彼は母と妹のために何かしようととしていた。

そんな時、通りでストリートドラッグ、アルコールを目にし、ドラッグを使いはじめた。
ドラッグを手に入れるために、強盗、恐喝なんでもするようになった。それが、犯罪者としてのはじまり。

「しあわせへの道」を読ませ、
おまえはなにかしたいことがあるか?
と彼に聞いた。

自分が犯罪者にさせてしまった人達を助けたい。
家のペンキ塗りをしたい。どうやってペンキを塗ったらいいのか教えてほしい。
彼にいくらか資金を与えた。ペンキ塗りのやり方も教えた。仕事としてやっていけるよう、できる限りの援助をした。
いまでは、彼はかつての犯罪グループの仲間と、その街でペンキを塗り続けている。

小学校で、「しあわせへの道」のレクチャーを行った。
大きくなったら何になりたい?
と聞いたら、
お父さんのように泥棒になりたい。という子供がいた。泥棒が職業だと思っている。
なんてことだともう一度、「しあわせへの道」の盗んではいけません。の章を読んで聞かせた。
そうしたら、彼はこれをお父さんに読ませてもいいですか?お父さんに教えたい。
と言ってきた。

ゲリラが潜伏するジャングルに向かう。そこの子供たちに別の人生、生き方があると伝えに向かった。
ヘリコプターで「しあわせへの道」を大量に運んで落とした。
数日後、一人の少年が反政府軍から逃げてきた。銃を私に渡した。

「しあわせへの道」の配布活動が広まりつつあるとき、自分がサイエントロジー教会と関係しており、宇宙人を崇拝している狂信者だと新聞に書かれた。

「しあわせへの道」の21章の中1つの章に、「ほかの人の信仰心を尊重しましょう」とあるように、これは特定の宗教を広めることが目的ではなく、普遍的で誰にでもあてはまる道徳を広めるのが目的である。

サイエントロジー教会は、「しあわせへの道」の配布活動を後援している。でも、私はそれについてはよく知らなかった。

記事を書かれて、私は騙されたのかと思い、怒り狂ってボゴタのサイエントロジー教会に向かった。でも、教会に入って中の人達をよく見て話を聞いてみると、そこには社会を良くするために働いている人たちがいた。

何かがおかしいとその記者を調査していくと、記者が製薬会社からお金を渡されて記事を書いていたことが明るみにでてきた。

その結果、記者はテレビの公開生放送の場で、
嘘の記事を書いたこと。
そして、それは製薬会社からお金を渡され依頼された。
ということを証言させられることになった。
彼の記者としての信用はなくなり、私は活動をさらに拡大させた。

この本を配るときには、恋人に婚約指輪を渡すように手渡す。その指輪は孫にまで伝えられる。
孫はまた、同じように指輪を伝える。その指輪のように、しあわせへの道を手渡す。
何かのちらしのようにすぐに捨てられるようにはしたくない。

これまで、コロンビア国内で、「しあわせへの道」を1400万部配った。
その結果、コロンビアの犯罪発生件数が60%下がった。
ゲリラから45000人が開放された。
観光客が南米一増えた。

2011年FIFAコロンビア・ユース・ワールドカップでは、暴動事件が一件も起こらなかった。

コロンビアの成功により、犯罪、ゲリラ、治安悪化の問題を抱えるベネズエラ、ボリビア等南米の他の国々に、この活動が広がっている。

「しあわせへの道」差し上げます。

フェイスブックのメッセジャーか、
メール m@tsuiteru.jp
などで送り先をご連絡ください。